弁護士法人Y&P法律事務所

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2020. 07.01 [ リーガルニュース ]

【新型コロナ(COVID-19)対策⑩】賃料減額請求への対応

執筆:伊藤 彰紀

1. はじめに

新型コロナウィルスの感染拡大に伴い、飲食店を中心として不動産テナントの業績が著しく悪化し、また非正規労働者の収入が大幅に減少していることに伴い、不動産の賃借人から賃貸人へ賃料減免を求める事例が頻発しています。
新型コロナウィルスの影響は長期化するとの予測もあり、賃借人から一時的な賃料減免にとどまらず、恒久的な賃料減額の請求がされた場合、不動産オーナーとしてはどのような点に注意すればよいでしょうか。

2. 賃料減額請求とは

(1) 制度概要
不動産の賃貸借契約における賃料は、一般の契約条件と同様に契約自由の原則に基づき、当事者の合意により自由に設定することができます。
しかしながら、不動産の賃貸借契約が継続的な法律関係であることに鑑みて、借地借家法の適用のある賃貸借契約においては、事情の変更に応じて、公平の原則の観点から、従前の賃料が不相当に高額となった場合に賃借人には賃料減額の請求権が認められています。
なお、従前の賃料が逆に不相当に低額となった場合には賃貸人に賃料増額の請求権が認められているほか、同様の請求権は借地法・借家法の適用がある場合にも認められています。

(2) 賃料減額の考慮要素
従前の賃料が不相当に高額であるかどうかは、次の要素を総合考慮して算定する適正賃料額との比較により判断するものとされています。

① 土地もしくは建物に対する租税その他の負担の増減
② 経済事情の変動(土地もしくは建物の価格の上昇もしくは低下など)
③ 近傍同種の土地または建物の賃料との比較
④ 従前の賃料が合意されてから相当期間が経過したこと
⑤ 従前の賃料が合意されるに至った特殊事情
⑥ その他諸般の事情

(3) 賃料減額請求の手続
まず、賃借人から不動産オーナーに対して、賃料減額の申し入れがされて交渉が始まります。この任意交渉の段階においても、もし減額された賃料で合意すれば、当該減額後の賃料が契約内容となります。
任意交渉で合意に至らない場合には、賃借人が当該不動産所在地を管轄する簡易裁判所に民事調停を申し立てることになります(地方裁判所での民事調停となるケースや最初から訴訟となるケースもありえますが割愛します)。民事調停においては、多くの場合、裁判官1人と調停官2人からなる調停委員会が、賃借人と不動産オーナーから代わる代わる意見を聞き、合意の可否を調整することになります。もし民事調停で減額された賃料で合意が成立し、または当事者双方が調停委員会の決定に従うことを合意して調停条項が決まれば、当該減額後の賃料が契約内容となります。
民事調停でも合意に至らない場合には、賃借人が当該不動産所在地を管轄する地方裁判所等に訴訟を提起することになります。民事調停で当事者双方の合意によらずに調停委員会が一定の賃料減額を認める結論を出す場合がありますが、その場合には不動産オーナーから元の簡易裁判所に異議を申し立てると同様の流れになります。訴訟において適正賃料額を算定するためには原則として不動産鑑定士による不動産鑑定が要求され、物件によりまちまちですが、不動産鑑定には数十万円以上の費用がかかります。

(4) 賃料減額請求紛争中の賃料
  任意交渉などで最初に賃料減額請求があった時点から、判決などで結論が決まるまで、相当の紛争期間を要することが通常です。この紛争期間は、賃貸人が従前どおりの賃料を請求することができますが、仮に裁判で敗訴して賃料が減額された場合、紛争期間における賃料差額分についても年1割の利息を加えて賃借人に返還しなければならないものとされています。従前の賃料からの減額幅や紛争期間によっては、返還額が多額になることがあるため注意が必要です。

3. 新型コロナウィルス問題における対応

今般の新型コロナウィルスによる景気低迷は、経済事情の変動(上記2.(2)②)として賃料減額請求において考慮される可能性があります。ただ、不動産賃貸借契約は継続的な法律関係であるところ、一時的な事情のみで賃料額を変更することは不適当と考えられ、この景気低迷がどの程度長期化するか判断が困難である現時点では裁判所がどのように判断するかは不透明な部分があります。
しかしながら、景気低迷が相当期間継続し、固定資産税評価額や不動産市場価格や賃料相場といった指標に波及し始めた場合には、賃借人からの賃料減額請求の可能性について検討が必要になるものと思われます。

4. まとめ

不動産オーナーとしては、新型コロナウィルスによる景気低迷が長期化した場合に、賃借人から退去の申出のほか、賃料減額請求を受ける可能性があり、これによって不動産の収益性が低下した場合の事業継続について現時点から検討することが望ましいと言えます。
また、賃貸借契約書に賃料増減額に関する特約が定められている場合、一定の範囲でその有効性が認められることもありますので、契約書の記載を確認することも適切です。

以上