弁護士法人Y&P法律事務所

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2022. 04.22 [ リーガルニュース ]

伝家の宝刀「総則6項」が適用された事例(最判令和4年4月19日)

執筆:平良 明久

1 事案の概要

相続税の財産評価に関して最高裁で納税者敗訴の判決が示されました。本件は、納税者が相続財産の価額を財産評価基本通達の定める方法によって評価した額(通達評価額3億3370万円)により相続税の申告をしたところ、国税当局がこれを否認し鑑定による評価額(鑑定評価額12億7300万円)をもって評価すべきとして更正処分をしたため、納税者がこの更正処分の取り消しを求めた裁判です。不動産購入価格は13億8700万円で、不動産購入のための借入額は10億5500万円でした。

本件の最も大きな争点は納税者側が財産評価基本通達に沿った申告をしたにもかかわらず、国税当局がこれを否認したことは平等原則(憲法14条)に抵触するかという点です (併せて相続税法22条に反するかという判断もしています) 。

 2 法令通達の定めと原告の主張

(1) 相続税法の定め
相続税の財産評価については、相続税法22条が「当該財産の取得の時における時価」とすると定めています。いくつかの財産では、相続税法で具体的に財産評価の方法が定められていますが(地上権や永小作権については同法23条、配偶者居住権については同法23条の2、定期金に関する権利については同法24条など)、それ以外のほとんどの財産については、法律で具体的に財産評価の方法を定めていません。

(2) 財産評価基本通達の定め
他方で「財産評価基本通達」という通達で相続財産の評価方法が定められています。通達とは、上級行政庁が法令の解釈や行政の運営方針などについて、下級行政庁に対してなす命令ないし指令です(国家行政組織法14条2項)。財産評価基本通達も、国税庁長官により発せられています。通達は、上級行政庁から下級行政庁への命令であり、行政組織の内部では拘束力をもつが、国民に対して拘束力をもつ法規ではなく、裁判所もこれに拘束されないとされています(金子宏『租税法 第24版』115頁(有斐閣、2021年))。

(3) 相続税申告の実務
通達はあくまで国民や裁判所に対して拘束力がないとはいえ、日々の租税行政は通達に依拠して行われているため、納税者が争うなどよほど特殊なケースでなければ、相続税申告のほとんどはこの財産評価基本通達に即して解決されているといえます。そのため、「現実には、通達は法規と同様の機能を果たしているといっても過言でない。」とも指摘されています(前掲金子・116頁)。

(4) 本件訴訟における原告の主張
本件では、納税者側はこの財産評価基本通達に沿って評価をしたにもかかわらず、国税当局が否認をしたため、納税者側が「評価通達によらず、本件課税処分のように狙い撃ち的に特定の相続財産の評価を、取得価格に近似した(もしくは取得価格を参考にした)鑑定評価額により評価することこそが、評価における平等原則に反する」と主張しました。

 3 これまでの裁判例の考え方と国税当局の主張

(1) これまでの裁判例の考え方
法律が定める時価と財産評価基本通達との関係について、東京高裁平成27年12月27日判決をはじめ近時の裁判例(当事務所が勝訴判決を獲得した東京地裁令和3年5月21日判決など)では、画一的に財産の評価を行うことで納税者の公平、納税者の便宜、徴税費用の節減を図れることを理由に、「法の上記趣旨に鑑みれば、・・評価通達の定める評価方法が適正な時価を算定する方法として一般的な合理性を有するものであり・・・②その評価方法によっては適正な時価を算定することのできない特別の事情の存しない限り・・、客観的な交換価値としての適正な時価を上回るものではないと推認するのが相当」

と判断しています。要するに、相続税法22条の「当該財産の取得の時における時価」を判断するうえで、①評価通達の定める評価方法に一般的合理性があるかといった点をまず検討し、一般的合理性が認められた場合には②特別の事情がなければ、国民に対して拘束力を有しない財産評価基本通達に従った評価をすることも、相続税法22条が許容しているという判断枠組みを採用しています。

そして、②の特別の事情については、財産評価基本通達6項にも「この通達の定めによって評価することが著しく不適当と認められる財産の価額は、国税庁長官の指示を受けて評価する。」と定めているので、財産評価基本通達自体が、特別の事情がある場合には、財産評価基本通達によらない評価を許容しています。この6項では、財産評価基本通達の定めに縛られずに、評価を一転させる効果があるため、いわゆる「伝家の宝刀」と呼ばれています。

(2) 本件訴訟における国税当局の主張
国税当局としては基本的に財産評価基本通達を適用するという原則論自体を否定しているわけでは当然ないものの、本件は通達評価額が購入額より大幅に低いことなどから、不動産購入自体が相続税を回避しながら資産を引き継ぐ目的だったとみなし、財産評価基本通達6項を適用し、②の特別の事情があるとした上で、平等原則にも違反しないと主張しました。

 4 最高裁判所の判断

本判決では、平等原則についてまず、

「評価通達の定める方法による画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべき事情がある場合には、合理的な理由があると認められるから、当該財産の価額を評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが上記の平等原則に違反するものではないと解するのが相当である。」と判断しました。

そして本件における「画一的な評価を行うことが実質的な負担の公平に反するというべき事情」の有無について、

①不動産購入・借り入れが行われなければ本件相続に関する課税価格の合計額は6億円を超えるものであったにもかかわらず、これが行われたことにより、本件各不動産の価額を評価通達の定める方法により評価すると、課税価格の合計額は2826万1000円にとどまり、基礎控除の結果、相続税の総額が0円になるというのであるから、上告人らの相続税の負担は著しく軽減されることになるというべきである。

②被相続人と上告人らは、本件購入・借入れが近い将来発生することが予想される被相続人からの相続において上告人らの相続税の負担を減じ又は免れさせるものであることを知り、かつ、これを期待して、あえて本件購入・借入を企図して実行したのであるから、租税負担の軽減をも意図してこれを行ったものといえる。

 という2つの事情をあげ、本件では「画一的な評価を行うことが実質的な租税負担の公平に反するというべきである」と指摘し、「評価通達の定める方法により評価した価額を上回る価額によるものとすることが平等原則に違反するということはできない」と結論づけました。

 5 実務への影響(特別の事情と平等原則)

(1) 許容される節税策と、行き過ぎた節税策の区別
本判決を受けて今後の課題としては許容される節税策と行き過ぎた節税策をどのように区別するかという点にあると思われます。本判決では上記4①②の事実をあげていますが、②「租税負担の軽減のをも意図」という点については何らかの取引をする際に税務上の考慮をすることは多かれ少なかれ日常的に行われているところであり、税務上の考慮をすること自体がおよそ全て「租税負担の公平に反する」ということにはならないと思われます。そのため、本判決が示した①②の関係をどのように考えるべきかを含め、判断基準の具体化・明確化が必要であるように思われます。

(2) 納税者側が財産評価基本通達によらない評価をした場合
本件は納税者側が財産評価基本通達を適用し国税当局がこれを否認した事例ですが、逆に納税者が財産評価基本通達を形式的に適用せずに申告を行い国税当局がこれを否認した事例については納税者が基本的に敗訴しています(東京地裁平成30年11月30日税資 268号(順号13216)、東京地裁平成17年11月10日税資 255号(順号10199)など)。

納税者側から特別の事情を主張するときに、どのような事情があれば特別の事情があるといえるのか、といったことも問題となります。これまで特別の事情は、例外的・想定外の極めて限定的なものと考えられてきましたが、納税者側から特別の事情の主張があった場合において、本判決が今後の裁判に何らかの影響を与えるか注目されます。

(3) 特別の事情と平等原則の関係
さらに、理論的な問題ですが、最高裁は本判決において特別の事情については、独自の判断を示していないように思われます。

本判決では、平等原則を論じる前に「本件各更正処分に係る課税価格に算入された本件各鑑定評価額は、本件各不動産の客観的な交換価値としての時価であると認められるというのであるから、・・・」と述べている部分がありますが、これまでの考え方を前提とすると(上記3(1))、特別の事情が存在していて初めて、鑑定評価額=時価と認定できるはずでした(逆に言うと、特別の事情がなければ、鑑定評価額=時価とは認定できないはず)。本件で鑑定評価額=時価と認定したのは原審ですが、原審は特別の事情があると認定をした上で、鑑定評価額=時価と認定しています。そうすると、最高裁は鑑定評価額=時価という原審の判断を前提としつつ、鑑定評価額=時価>通達評価額という事態が、平等原則に反するか(併せて相続税法22条に反するかという判断もしています)という点に限って、判断を示したのではないかと考えられます。

以上のように、最高裁は本判決において特別の事情について独自の判断を示していないように思われるのですが、そのように考えると、原審が判断した特別の事情と最高裁が判断した平等原則の関係をどのように考えるべきかという問題が出てきます。

仮に特別の事情と平等原則が同じ問題だとすると、本判決が平等原則を論じる前に「本件各更正処分に係る課税価格に算入された本件各鑑定評価額は、本件各不動産の客観的交換価値としての時価であると認められるのであるから、・・・」と原審の判断を当然の前提にしてしまっているのは、結論先取りになっている問題があります。特別の事情や平等原則の判断をしなければ、鑑定評価額=時価と認定できないはずなのに、平等原則を論じる前に鑑定評価額=時価という点を前提にしていることになるからです。

他方で、特別の事情と平等原則が異なる問題だとすると、上記のような結論先取りの問題は生じませんが、特別の事情が存在するが鑑定評価額を用いることが平等原則に違反する(逆に特別の事情は存在しないが、平等原則には違反しない)という事態がありうることになります。

本判決をどのように理解すべきか、今後理論的な観点からの整理も必要になると思われます。

以上